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岡山地方裁判所 昭和60年(ワ)670号 判決

原告

多田伊津子

ほか三名

被告

池上宏

主文

一  被告は、原告多田伊津子、同多田恵美子に対し、各金七四二万九五六七円及びこれに対する昭和六〇年三月二九日から支払済みまで、年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告多田昭三、同多田アサヱに対し、各金八二万円及びこれに対する昭和六〇年三月二九日から支払済みまで、年五分の割合による金員を支払え。

三  原告らのその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は、原告らに生じた分の六分の一を被告の負担とし、その余は各自の負担とする。

五  この判決は、第一項及び第二項に限り仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告多田伊津子、同多田恵美子に対し、各金二二六〇万八四二五円及びこれに対する昭和六〇年三月二九日から支払済みまで、年五分の割合による金員を支払え。

2  被告は、原告多田昭三、同多田アサヱに対し、各金一七五万円及びこれに対する昭和六〇年三月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  本件事故の発生

(一) 日時 昭和六〇年三月二九日午後八時三分ころ

(二) 場所 岡山市田中九三番地先交差点(以下「本件交差点」という。)

(三) 被害者 亡訴外多田好文(以下「好文」という。)

(四) 被害車両 普通乗用車(岡五五ろ三六七二)

(五) 加害者 被告

(六) 加害車両 普通乗用車(岡五七な三五七四)

(七) 事故の態様と結果

本件交差点において、南側から進入してきた被告運転の加害車両前部と西側から進入してきた好文運転の被害車両左側とが出会頭に衝突し、被害車両が加害車両に引きずられて横転し、その結果、被害車両の運転者である好文は、気管破裂、全身打撲等の傷害を負い、同日午後八時四〇分、川崎病院において死亡した。

2  好文と原告らの身分関係

(一) 原告多田伊津子(以下「伊津子」という。)は好文の妻であり、同多田恵美子(以下「恵美子」という。)は好文の子である。

(二) 原告多田昭三(以下「昭三」という。)は好文の父であり、同多田アサヱ(以下「アサヱ」という。)は好文の母である。

3  責任原因

(一) 被告には、本件交差点に進入するに際し、右方道路から西進入してくる被害車両を認めたが、自車が速度を速めれば同交差点を先に通過できるものと軽信し、被害車両の動静を注視せず、制限時速四〇キロメートルのところ時速八〇キロメートル以上に急加速して本件交差点に進入し、これを通過しようとした過失が存在する。

(二) 従つて、被告は、不法行為に基づき、本件事故によつて好文、原告らが被つた損害を賠償する責任がある。

4  損害

(一) 原告伊津子、同恵美子の損害(独自の損害と好文からの相続取得分)

(1) 逸失利益

好文は昭和三〇年六月一四日生まれ、事故当時満二九歳の健康な男子であり、二級建築士の資格を有し、有限会社建築事務所岡本に勤務し、後記計算式のとおり年収四五〇万円の収入を得ていた。

従つて、好文の将来得べかりし逸失利益は六六〇五万五五〇〇円である。

計算式

九五万五〇〇〇円(昭和六〇年一ないし三月分給与合計額)÷三×一二+六八万円(昭和五九年賞与支給実績)=四五〇九万円

四五〇万円×二〇・九七〇(新ホフマン係数)×〇・七(生活費三割控除)=六六〇五万五五〇〇円

(2) 慰謝料(好文独自分)

好文は妻たる原告伊津子、長女同恵美子を扶養する一家の支柱であつたから、慰謝料は金二〇〇〇万円が相当である。

(3) 葬儀費 金一〇〇万円が相当である。

(4) 被害車両の破損

好文は本件事故で大破した被害車両の所有者であり、右被害車両の修理に要する金額は八六万九五一〇〇円と見込まれるところ、本件事故当時の右被害車両の時価相当額は右金額を下回る八五万五〇〇〇円であつたからいわゆる全損であり、右被害車両の破損による損害は、右八五万五〇〇〇円からスクラツプ価額相当額五〇〇〇円を差し引いた残額八五万円である。

(5) 過失相殺

以上より、損害の総額は八七九〇万五五〇〇円であるが、前記本件事故の態様に照らし、被告の過失割合は七割であり、好文の過失割合は三割であるところ、過失相殺後の損害額は六一五三万三八五〇円である。

計算式

八七九〇万五五〇〇円×〇・七=六一五三万三八五〇円

(6) 損害の填補(損益相殺)

原告伊津子、同恵美子は、自賠責保険から二〇〇〇万円を受領し、被告から三一万七〇〇〇円の弁済を受けた。

(7) 従つて、残損害金は四一二一万六八五〇円であるところ、原告伊津子、同恵美子は各自その二分の一宛、二〇六〇万八四二五円の損害賠償請求権を有する。

(二) 原告昭三、同アサヱの損害(慰謝料)

好文の両親たる原告昭三、アサヱに対する慰謝料は、各自に対し一五〇万円が相当である。

(三) 弁護士費用

原告伊津子、同恵美子分各二〇〇万円、原告昭三、同アサヱ分各二五万円

5  よつて、原告伊津子、同恵美子は被告に対し各二二六〇万八四二五円及びこれに対する本件事故の日である昭和六〇年三月二九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを、また、原告昭三、同アサヱは被告に対し各一七五万円及びこれに対する本件事故の日である昭和六〇年三月二九日から支払済みまで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いをそれぞれ求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1及び2はいずれも認める。

2  同3のうち(一)については、過失の内容はともかく、被告に過失があつたことは認め、(二)は認める。

3  同4(一)のうち、(6)は認めるが、(1)ないし(4)はいずれも否認し、(5)(7)は争う。同4(二)(三)はいずれも否認する。

三  抗弁

1  過失相殺

本件事故は、交通整理の行なわれていない交差点での出合頭の事故であり、被告の走行道路の幅員は六メートルで、かつセンターラインが存するのに対し、好文の走行道路の幅員は四・七メートルであり、被告の走行道路の方がその幅員が明らかに広く、加害車両の方が優先権があつたこと、被害車両も加害車両と同一の速度であつたのであつて、これらのことを考えれば、好文にも、被告と同程度の過失があつた。

2  損害の填補

被告は、昭和六〇年四月一日ころ、原告らに対し香典として五万円を支払つている。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1は争う。前述の本件事故の態様(請求原因1(七))並びに被告の過失の内容(同3(一))に照らし、好文の過失割合はせいぜい三割である。

2  抗弁2は認めるが、それは、損害額から控除される性質のものではない。

第三  証拠関係は、本件記録中の書証目録・証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求原因1及び2は当事者間に争いがない。

二  請求原因3(一)については、過失の具体的内容はともかく、被告に過失があつたことは当事者間に争いがない。

従つて、被告は不法行為に基づき、好文、原告らが被つた損害を賠償する責任がある。

三  過失相殺(抗弁1)につき

成立に争いのない甲第九ないし第一一号証、第一四・一五号証、第一七号証(いずれも原本の存在とその成立も争いがない。)、被告本人尋問の結果によれば、次の事実が認められる。

1  本件交差点は、見通しが良く、交通整理が行なわれていなかつたこと、被告の進行していた南北道路の車道の幅員は六・〇メートルでかつセンターラインが存在するのに対し、好文が進行していた東西道路の幅員は四・七メートルであること。

2  被告が、右南北道路を本件交差点に向かい時速約四〇キロメートルで北進中、右方道路から本件交差点に西進してくる被害車両を自己の右前方約四三・五メートルの地点に認めたこと、その時点で、自車が速度を速めれば本件交差点を先に通過できるものと軽信したこと、そのため被害車両の動静を注視せずに時速五〇キロメートル程度に加速したこと、被害車両との距離が約一八・八メートルに迫つて初めて危険を感じ、急制動したが間に合わず、本件事故が発生したこと。

3  本件事故現場には、加害車両のスリツプ痕が存在していたが、被害車両のスリツプ痕が存在しないこと。

4  被告が急制動をかける直前の、加害車両、被害車両の速度は、ほぼ同程度であつたこと。

以上の事実が認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。

右認定事実によれば、好文にも、本件交差点に進入するに際し、加害車両の動静につき注意を払わなかつた過失があること明らかてある。そして、好文、被告の過失割合を考えるに、右認定のとおり、道路の幅員、センターライン、加害車両が左方車であること等からすれば、被告の方に優先権があつたと解せられる。しかし、他方被告には、被害車両を認めながら減速するどころか、逆に加速するという著しい過失が存在したこと等総合考慮すれば、その過失割合は、五分五分と解するのが相当である。

四  損害につき

1  原告伊津子、同恵美子の損害

(1)  好文の逸失利益 五六四三万〇二七〇円

(ア) 成立に争いのない甲第四号証、第一三号証、第一八号証(甲第一三号証、第一八号証は原本の存在とその成立も争いがない。)、証人岡本順子の証言により真正に成立したと認められる甲第三号証の一・二、第一九号証並びに同証人の証言、原告多田伊津子、同多田昭三の各本人尋問の結果を総合すれば、好文は昭和三〇年六月一四日生れ、事故当時二九歳の男子であること、健康状態は良好であつたこと、二級建築士の資格を有していたこと、有限会社建築事務所岡本に勤務し、右会社より昭和六〇年一月から同年三月までの間に合計九五万五〇〇〇円の給与(諸手当を含む。)を、また、昭和五九年一か年間に合計六八万円の賞与をそれぞれ支給されていたこと、好文は右会社において年一回の昇給を受けており、昭和六〇年一月から結婚と子供の出生を考慮して相当程度大幅な昇給がなされていたこと及び右会社において、ある年の賞与支給額が前年のそれより低くなつたことはないことがそれぞれ認められる。

(イ) しかしながら、前掲甲第三号証の一・二、第一九号証及び証人岡本順子の証言によれば、前記昭和六〇年一月ないし三月の給与中、合計三万円は通勤手当として、また合計六万円は車両手当として支給されており、右車両手当は好文が自己の車を会社のために使用することに対する手当であることが認められるところ、これらは労働の対価として支給される報酬には該当しないものと言うべく、好文の逸失利益算定の基礎となる同人の収入に算定しないのが相当である。

(ウ) なお、同人が右期間内に支給された給与のうち合計一万円は時間外手当であり、時間外手当は企業の実績、担当業務の繁閑などにより変動の大きいものであるが、前掲甲第三号証の一によれば、好文は昭和五九年五月から同六〇年三月までの間ほぼ一定して月額五〇〇〇円または一万円の時間外手当を支給されていたことが認められ、これを逸失利益算定の基礎たる収入に算入することができる。

(エ) 従つて、昭和六〇年一月ないし三月の期間に好文が支給された給与総額のうち、同人の逸失利益算定の基礎となるものは、右総額九五万五〇〇〇円から(イ)記載の合計額九万円を差し引いた八六万五〇〇〇円である。

(オ) 好文について、総収入より控除すべき生活費については、その収入、年齢、家族構成等に鑑み、これを三割五分とするのが相当である。

(カ) よつて、好文の逸失利益は、後記計算式のとおり、五六四三万〇二七〇円である。

計算式

八六万五〇〇〇円(昭和六〇年一ないし三月分収入合計額)÷三×一二+六八万円(昭和五九年賞与支給実績)=四一四万円

四一四万円×二〇・九七〇(新ホフマン係数)×〇・六五(生活費三割五分控除)=五六四三万二七〇円

(17) 慰謝料(好文独自分) 一〇〇〇万円

前掲甲第四号証、原告多田伊津子本人尋問の結果によれば、長女恵美子の出生を間近に控え、好文は本件事故によつて死亡してしまつたことが認められ、右事実に好文の年齢、地位、将来性、家族構成等、本件に関する一切の事情を総合すれば一〇〇〇万円が相当である。

(3)  葬儀費 五〇万円

弁論の全趣旨によれば、好文の葬儀における祭壇費のみでも三一万七〇〇〇円を要した事実が認められ、これに好文の年齢、地位等を併せ考慮すれば、五〇万円が相当である。

(4)  被害車両の破損 八五万円

成立に争いのない甲第二〇号証の一ないし五によれば、請求原因4一(4)記載の事実が認められる。

(5)  損害の填補 二〇三一万七〇〇〇円

請求原因4(一)(6)の事実については当事者間に争いがない。

2  原告昭三、同アサヱの損害(慰謝料) 各一五〇万円

本件に関する一切の事情を総合すれば、各自に対し一五〇万円が相当である。

五  抗弁2(損害の填補)につき

抗弁2は当事者間に争いがない。しかしながら、香典は、金額が特に大きい等特段の事情のない限り遺族に対する贈与と考えられ損害賠償の支払の性質を有するものではないと言うべきであり、本件にあつては、右特段の事情を認めるに足る証拠はなく、抗弁2は理由がない。

六  賠償額

以上より、原告らが被告に対して有する損害賠償債権の額(弁護士費用を除く。)は左のとおりである。

1  原告伊津子、同恵美子につき各自七五万九五六七円

計算式(小数点以下切捨て)

損害総額 五六四三万〇二七〇円(好文の逸失利益)+一〇〇〇万円(好文独自の慰謝料)+五〇万円(葬儀費)+八五万円=六七七八万〇二七〇円

過失相殺 六七七八万〇二七〇円+〇・五=三三八九万〇一三五円

損害の填補 三三八九万〇一三五円-二〇三七万一〇〇〇円=一三五一万九一三五円

一三五一万九一三五円÷二=六七五万九五六七円

2  原告昭三、同アサヱにつき各自七五万円

計算式

一五〇万円(慰謝料)×〇・五(過失相殺)=七五万円

七  弁護士費用

本件事故と相当因果関係にある弁護士費用として、原告伊津子、同恵美子に対し各六七万円、原告昭三、同アサヱにつき各七万円を認めるのが相当である。

八  結論

以上の次第で、被告は、原告伊津子、同恵美子に対し、各損害額合計七四二万九五六七円、原告昭三、同アサヱに対し、各損害額合計八二万円及びこれらに対する本件事故の日である昭和六〇年三月二九日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払義務がある。

よつて、本訴請求を右の限度で認容し、その余は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文、九三条一項本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 東畑良雄)

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